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2008-10-22

映画「Blue Symphony -ジャック・マイヨールの愛した海」を見てきました

イルカのイメージ映画「Blue Symphony -ジャック・マイヨールの愛した海」を見てきました。 とても影響を受けた偉人の、新たなる一面を見てきました。

ジャック・マイヨール(Jacques Mayol)とは、フランス人のフリーダイバー。 日本ではリュック・ベッソンの映画グラン・ブルー (グレート・ブルー完全版)でおなじみですね。

彼は10歳の時に訪れた佐賀県唐津市の七つ釜で始めているかと出会い、その後30歳にしてイルカの調教師としてイルカに泳ぎを教わり、その後周りの勧めでフリーダイビングへ挑戦。 当時人間の潜る限界は-30Mと言われていたにもかかわらず、1966年に樹立した-60Mの記録を皮切りとし、1976年、当時49歳にて人類で始めて素潜りでの-100Mを超えの記録を樹立した。

その後、記録に執着することに対して疑問を抱き、 フリーダイビングの世界から退く。

2001年12月22日、自ら命を立つことで生涯の幕を閉じる。

この映画は、死の直前に特に良く訪れたという、 佐賀県唐津での人々との出会い、交流を、地元の方々のインタビューを中心とした回顧録ドキュメンタリーです。

彼は自身の執筆「イルカと、海へ還る日」にて、イルカの調教師時代に「クラウン」という名のイルカに学んだ事から、ホモ・デルフィナス(水棲人間)という造語を用い、人間とイルカはとても近い存在であり、イルカからもっと学ぶべきと訴えています。 具体的には、「もし、人間がイルカのインスピレーションを少しでももっていたら、地球は平和になるだろう」…と。

そして、この映画でも「人はもっと海と調和を取るべき」…と訴えていたような気がしました。 映画グランブルーによって作られたジャック・マイヨールではなく、等身大のジャックに会える…。 そんな映画でした。

ジャック・マイヨールが、生涯を賭けて訴えていたテーマ。 改めて考えさせられました。

更に付け加えると、こちらの本「潜る人―ジャック・マイヨールと大崎映晋」でも、等身大のジャック・マイヨールに会うことができます。

 

渡嘉敷島で潜りました

すっかり秋です。 このところの空気の乾燥と共に、さっそく咽風邪をひいてしまい、3日ほど海に入ることと、ランニングをサボっています。 明日こそ復活したいと、大人しく仕事に勤しんでいます。

今日は、先日の沖縄旅行において始めて渡嘉敷島へ渡ったことについて書きつづろうと思っています。

渡航については、朝9時泊港発「高速船マリンライナーとかしき」を利用、約35分、ちなみに片道2,430円でした。 航中、海はべた凪。 最高な海を体感できそうな予感〜

前日の夜中に渡島が決定したため、フェリーの中からレンタカーの手配です。 渡嘉敷島唯一のレンタカー屋「くじらレンタカー」へ電話。 車の手配は問題なく完了です。

そうこうしていると、あっという間に渡嘉敷へ到着。

下船早々に、レンタカーに乗り込みます。 向かう先は、渡嘉志久(トカシク)ビーチに決めました。 理由は、この季節の強い北風を避けるためです。

渡嘉志久(トカシク)ビーチまでは10分程で到着しました。

渡嘉志久(トカシク)ビーチ、ここ凄いです。 今まで体験したことのないパウダースノーの様な砂浜です。 砂のキメが凄く細かいため、歩くとパフパフして凄く気持ちが良いです。 特にかかとで歩いたときの感触が最高です。 調子に乗ってバック転を何度か決めてそのまま海へ入水です!

海の中では、入水早々ウミガメによるお出迎えです。 何だか気分が良くて、しばらく後ろをくっついて泳いでいました。 しかし、ウミガメの息が長いこと長いこと。 いつ息継ぎをするんだろうと…いつも瞑想中なんでしょうかね。

この海はかなりの遠浅で、底がずーっと白い砂。 そこへ、ところどころ珊瑚のオアシスが広がっている…。 そんな感じの海です。

沖へ300M程ひたすら泳いで、ようやく水深15Mといった感じ。 透明度はかなり高く、20Mはゆうにありました。 もう少し深く潜りたいと思い、沖へ泳ぎ進めたところ、マリンジェットで突然現れたライフガードのお兄さんに「それ以上先はダメ!」と注意され、渋々断念! リーフアウトを見ることなく午前中泳ぎ続けました。

午後にもう一カ所、阿波連ビーチ(アハレンビーチ)でも泳いだんですが、その話はまたいつか…。

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